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「その先」に人がいるという楽しみを、僕はすでに知っていた。「顔見知り」ではなくとも、直接対面せずとも、電話でなくとも、文字によるコミュニケーションができるのだ。一クラス四十人、一学年三百二十人、校内一千人、それ以外に、その外に、また別の世界があるのだということ。
その媒体はまず郵便であって、その次はパソコン通信だった。ピーヒョロロ、ガガーというモデムの呻きが世界と繋がる合図だった。それらは確かに僕を外の世界へと導いてくれたが、その世界というのは、僕が直接的に何らかの関わりを持つ場所でしかなかった。
大学に入ってしばらくして、高校時代の友達が教えてくれたのが、「チャット」というものだった。
今となっては説明するほどのものでもないのか、あるいは逆に説明しなければならないのか。あるページにアクセスすると、同様にアクセスしている人たちの発言が表示され、自分もそこへ言葉を投げかけることのできる、ある種の仮想的な部屋のことだ。
何か特定の目的を持った人同士が集まることもあるが、そこはこれといったテーマはなく、何となくの気分次第で話題が決まる、いわゆる「ダベる」場所だった。誰かが入室するたびに「はじめまして」だの何だのといった挨拶で話題が途切れ、結局何の話をしていたのかわからなくなる、でも別に何か目的があったわけではないからそれで支障があるわけでもない。世間話、井戸端会議、おそらくその程度のものだっただろう、その場所での会話を、僕は何一つ思い出せない。有り余る時間をつぎ込んで、見知らぬ人々との要領を得ない触れ合いを楽しんでいた。
有り余る時間、それが唯一にして最大の武器だった。いくら効率が悪くても、そこにいくらでも時間をかけることができた。たった十五分のために、丸一日以上を費やすことだってあった。
もっとうまくやる方法はあったかも知れない。そうすることでもっと別の未来があったかも知れない。
結局十年以上もぐるぐるぐると、惑星みたいに回転木馬みたいに回り続けて、あちこちにぶつかって、すっかりくたびれてしまって、気がつけばずいぶんと遠いところまで来たけれども、それでも本質的にはやっぱり似たような場所を僕は回り続けている。
インターネットとの出会いというものはおそらく必然、遅かれ早かれという話でしかなくて、それでもあのときあの場所、あのどうしようもなく生産性の低い部屋に入り浸っていたことが、今の僕をここにつなぎ止めているんじゃないかと思う。